真空管は、文化です

イメージ文明とは、安楽と便宜を追求するものであり、文化とは、情緒である(アンリ・ベルグソン)100年ほど前に、真空管の生まれた頃は、それは文明ででした。 文明の発達に伴い、半導体が生まれ、デジタル技術が生まれ、進歩してきております。 確かに故障も無く(無いことは無いのですが)生産コストがかからず、(従って利幅の大きい)消費電力も少なく、歪みも無く、いいことずくめの今日のオーディオですが、・・・。
ちょっと待ってください。真空管が結構いいんだけど、と気付いた人が生まれた瞬間、それは文化の領域に入ってきました。文明は理であり、文化は情、それは、回顧であり、継続です。しかし、理が情に変わるにはそのものが、確かに良く、美しくなければなりません。
真空管それぞれの型式にはそれぞれの物語りがあります。産業用、民生用、軍事用、HiFi用、それが生まれた必然と、その動作回路を考案した先達のエンジニアに思いをはせて・・・機会に恵まれ80年ほど前に作られた電気蓄音機の修復をしたことがあります。少し手をいれただけで見事に息を吹き返してくれました。
どうでしょう?貴方の前にあるハイテクのPC、80年後に動くでしょうか?・・・産業界からは姿を消して久しい真空管が、今日まで生き残れたのは、多くのアマチュアエンジニアの情熱によって支えられてきたからといっても過言ではないと思います。